ゲームにおける「行き詰まり」と聞いて何を思い浮かべるでしょう。
例えばRPGであれば「ここから先に進むには〜みたいなアイテム(曖昧な表現)が必要」
とかゲーム内で言われて、一体それがどこにあるのか?どんなアイテムなのか?
がわからなくなったときに発生するでしょう。
ただ、RPGの場合は町の人との会話が直接のヒントとして提供されるため最低でも
「行ける場所にいる、話せる全キャラとの会話」を達成すれば自ずと答えが出る仕組みになっている
ものがほとんどと言えるでしょう。
では会話という機会がRPGほど多くないアクションゲームではどうでしょう。
まず行き詰まりの発生するケース自体がRPGのそれに比べ格段に上でしょう。
ダンジョン内における行き詰まり、ボスバトルにおける行き詰まり等々。
何故ならACTでのそれは「謎」や「隠された仕掛け」をプレイヤーに解かせること自体を目的とした
「謎解き」と呼ばれるジャンルのようなものが確立されているからです。
今回は「謎解き」ゲームにおける「行き詰まり」の発生とそのコントロールについてです。
例えばRPGであれば「ここから先に進むには〜みたいなアイテム(曖昧な表現)が必要」
とかゲーム内で言われて、一体それがどこにあるのか?どんなアイテムなのか?
がわからなくなったときに発生するでしょう。
ただ、RPGの場合は町の人との会話が直接のヒントとして提供されるため最低でも
「行ける場所にいる、話せる全キャラとの会話」を達成すれば自ずと答えが出る仕組みになっている
ものがほとんどと言えるでしょう。
では会話という機会がRPGほど多くないアクションゲームではどうでしょう。
まず行き詰まりの発生するケース自体がRPGのそれに比べ格段に上でしょう。
ダンジョン内における行き詰まり、ボスバトルにおける行き詰まり等々。
何故ならACTでのそれは「謎」や「隠された仕掛け」をプレイヤーに解かせること自体を目的とした
「謎解き」と呼ばれるジャンルのようなものが確立されているからです。
今回は「謎解き」ゲームにおける「行き詰まり」の発生とそのコントロールについてです。
ACTにおける「謎解き」と「行き詰まり」は切っても切れない関係であり最大のジレンマです。
「謎解き」が難し過ぎればいつまでたっても「行き詰まり」は解消されずプレイヤーの目には「難易度が高く」映り逆に易し過ぎれば「難易度が低く」映ることでしょう。
かと言ってこのテの「謎解き」ゲームに難易度の設定が用意されていることはあまりなく、
あったとしてもゲーム中の敵の強さに対する設定であるケースがほとんどで、
「謎解き」自体は作った時点でそれ以上難しくも易しくもなりません。
では作り手は「謎解き」の難易度をどのようにコントロールしているのでしょう。
会話という直接的な情報が得られない以上、ACTにおける「謎解き」のヒントとは
「プレイヤーキャラのできること」がその情報の全てとなります。
「プレイヤーキャラのできること」の数がRPGにおける「町の人との会話」の数とイコールならば
「プレイヤーキャラのできること」を「行ける場所」全てで実行すればRPG同様自ずと答えが出る仕組みになっている、と言えます。
問題は、RPGは「コマンド」→「はなす」を実行するだけで確実に一つの選択肢を消せるのに対し、
ACTは「アクションの数」「それを実行できる場所の数」「実行する方向」「実行する対象」と様々な要素の"組み合わせ"分だけ選択肢が存在します。
走る、飛ぶ、しゃがむ、押す、等のアクションが豊富であればあるほど選択肢は倍増します。
ただし、本当にそんな厳密な方法で選択肢を一つ一つ潰していたらそれこそ何百時間プレイしても終わらなくなってしまうため実際には作り手は何らかの「記号」を用意し、プレイヤーの思考を誘導することによって答えを導きやすくしています。
いわば「記号」の見つけ易さ見つかり難さが「謎解き」の難易度を左右していると言えます。
簡単な例を挙げるとバイオハザードでは拾えるアイテムがピカピカ光ってたりしますね。あれも「記号」の一つです。
この「記号」の画面上でのアピール具合、見つけ易さ見つかり難さというものは作り手のさじ加減やゲームシステム(視点等の問題)によるところが大きいため、
非常に流動的で曖昧なものであるためあらゆるACTで普遍的に活用できる技術とは言えません。
「謎解き」の難易度をコントロールするということは、3D全盛となったこの時代、
前述した組み合わせ次第でおよそ無限にある選択肢を「記号」以外の手段でもっと大雑把に絞り込むことが必要になってきます。
要するに選択肢を減らせばいいわけです。
一番手っ取り早いのは「実行できる場所の数」を絞ることでしょう。
実際には「行ける場所」自体を絞るのが現実的でしょう。
さて、ようやくマップとの絡みを語れそうですが長くなったので以下後編へ。
「謎解き」が難し過ぎればいつまでたっても「行き詰まり」は解消されずプレイヤーの目には「難易度が高く」映り逆に易し過ぎれば「難易度が低く」映ることでしょう。
かと言ってこのテの「謎解き」ゲームに難易度の設定が用意されていることはあまりなく、
あったとしてもゲーム中の敵の強さに対する設定であるケースがほとんどで、
「謎解き」自体は作った時点でそれ以上難しくも易しくもなりません。
では作り手は「謎解き」の難易度をどのようにコントロールしているのでしょう。
会話という直接的な情報が得られない以上、ACTにおける「謎解き」のヒントとは
「プレイヤーキャラのできること」がその情報の全てとなります。
「プレイヤーキャラのできること」の数がRPGにおける「町の人との会話」の数とイコールならば
「プレイヤーキャラのできること」を「行ける場所」全てで実行すればRPG同様自ずと答えが出る仕組みになっている、と言えます。
問題は、RPGは「コマンド」→「はなす」を実行するだけで確実に一つの選択肢を消せるのに対し、
ACTは「アクションの数」「それを実行できる場所の数」「実行する方向」「実行する対象」と様々な要素の"組み合わせ"分だけ選択肢が存在します。
走る、飛ぶ、しゃがむ、押す、等のアクションが豊富であればあるほど選択肢は倍増します。
ただし、本当にそんな厳密な方法で選択肢を一つ一つ潰していたらそれこそ何百時間プレイしても終わらなくなってしまうため実際には作り手は何らかの「記号」を用意し、プレイヤーの思考を誘導することによって答えを導きやすくしています。
いわば「記号」の見つけ易さ見つかり難さが「謎解き」の難易度を左右していると言えます。
簡単な例を挙げるとバイオハザードでは拾えるアイテムがピカピカ光ってたりしますね。あれも「記号」の一つです。
この「記号」の画面上でのアピール具合、見つけ易さ見つかり難さというものは作り手のさじ加減やゲームシステム(視点等の問題)によるところが大きいため、
非常に流動的で曖昧なものであるためあらゆるACTで普遍的に活用できる技術とは言えません。
「謎解き」の難易度をコントロールするということは、3D全盛となったこの時代、
前述した組み合わせ次第でおよそ無限にある選択肢を「記号」以外の手段でもっと大雑把に絞り込むことが必要になってきます。
要するに選択肢を減らせばいいわけです。
一番手っ取り早いのは「実行できる場所の数」を絞ることでしょう。
実際には「行ける場所」自体を絞るのが現実的でしょう。
さて、ようやくマップとの絡みを語れそうですが長くなったので以下後編へ。

