ゲームミュージックはすごいものであってほしい(ゲームミュージックの話がしたいんですよ)
ゲーム&ゲームミュージックへの感動は最も燃えた時代を超えられないのか(ゲームミュージックなブログ・Ver.FC2)
最初は、「ゲームミュージックの話がしたいんですよ」さんのところの最新エントリに対するコメントとしてあちらに直接書き込むつもりでしたが、あれよあれよという間に話が膨らんできたので、いっそそれでひとネタ書いてしまおうということで今回エントリに起こしてみました。
「ゲームミュージックはすごいものであってほしい」というタイトルからもわかる通り、今のゲーム音楽からは残念ながらその凄さを感じられないというのがおおよその主旨でしょう。
細かいところで疑問は多々あるのですが(音楽としての優劣など)いちいち指摘することに意義を感じないしそこは問題ではないでしょう。
ゲーム音楽のオリジナリティやアイデンティティといった、他ジャンルとの差別化などの問題に関しては概ね同意できるのです。
私はむしろ、これからのゲーム音楽にどういった未来が待ち、我々ゲーム音楽ファンは何を期待すればいいのかを中心に語ってみたいと思います。
ゲーム&ゲームミュージックへの感動は最も燃えた時代を超えられないのか(ゲームミュージックなブログ・Ver.FC2)
最初は、「ゲームミュージックの話がしたいんですよ」さんのところの最新エントリに対するコメントとしてあちらに直接書き込むつもりでしたが、あれよあれよという間に話が膨らんできたので、いっそそれでひとネタ書いてしまおうということで今回エントリに起こしてみました。
「ゲームミュージックはすごいものであってほしい」というタイトルからもわかる通り、今のゲーム音楽からは残念ながらその凄さを感じられないというのがおおよその主旨でしょう。
細かいところで疑問は多々あるのですが(音楽としての優劣など)いちいち指摘することに意義を感じないしそこは問題ではないでしょう。
ゲーム音楽のオリジナリティやアイデンティティといった、他ジャンルとの差別化などの問題に関しては概ね同意できるのです。
私はむしろ、これからのゲーム音楽にどういった未来が待ち、我々ゲーム音楽ファンは何を期待すればいいのかを中心に語ってみたいと思います。
「回顧主義と呼ばれたくはない」と言いつつも、かつてのゲーム音楽には「凄さ」を感じていたことをまれいんさんも否定はしないでしょう。
では今のゲーム音楽になるまでにどんな変化があったのか。
ゲーム音楽の歴史はゲームの歴史。
ゲームの歴史を紐解いてみます。
昔はゲーム人口も少なく、市場も小さいものでした。
少ない人口相手に提供する音楽だから、極端なことを言えば万人に受け入れられるものでなくともよかったし、ハード性能的にそれが可能でもなかった時代でした。
結果的にそれが他のジャンルと比較し、エッジな「ゲーム音楽」として多くのゲーム音楽ファンに認識されていました。
ところが、時代の流れとともに市場の拡大と人口の増加が進み老若男女がゲームをやる時代になるとそうも言ってられず、昨日今日ゲームを始めた人でもよく耳に馴染むような「既存ジャンルの二番煎じ」のようなゲーム音楽が台頭してきました。
(だからこそ、今のゲーム音楽は“間口の広さ”という利点があると思うんですが、それはまた別の話で)
そこへきてハードの性能も向上し、ゲーム音楽はより万人向けな音楽へとシフトしていったのだと思います。
でも人口の増加とともにユーザーのニーズが多様化すれば自ずとゲーム音楽も多様化を求められるはずです。
特に昨今のゲームは、ゲームの多様化に加えハードまで多様化しています。
全てのハードで、万人のプレイヤーに、万遍なく楽しめるゲームなど今となっては夢物語同然です。
ゲーム毎にプラットフォームも違えば、ターゲットとする層も違うことをメーカー側はしっかり考えて、ゲームデザインなりプロモーションなりを展開させています。
当然音楽もそこを意識して作るべきと言えます。
コンポーザーが失敗を恐れずどんどん新しいことに挑戦し実験的な音楽を提供してくれるのならば、この先再びエッジなゲーム音楽が我々の前に再び姿を現すことも夢ではないことと思っています。
DSで数多く出た知育系やWiiFitなど、一昔前までは考えられなかったゲームが今も作られているのですから、音楽もゲームに合わせ何らかの変化を迫られるはずです。
もっとも、今例に挙げた2つは結果的にエッジな音楽を提供してくれたわけではなかったようなのでまだまだ不安はつきまといますが…。
多様化するユーザーのニーズの中で、そのようなエッジなゲーム音楽を許容するゲームとは一体どこから生まれるのか?
我々のようなゲーム音楽ファンの集まる層、あるいは昔からゲームをプレイし多少既存の音楽を逸脱した「異端」な音楽を受け入れられる大らかな嗜好を持った層。
つまり自ずとレトロなゲームファン層に行き着くのではないでしょうか。
実を言うと、「世界樹の迷宮」はゲームもやっていなければ曲も聞いていませんが、あのゲームが内容、音楽ともに絶賛されるのにはそうした背景があるのではないでしょうか。
「オールドゲーマー層をターゲットとしたゲーム」とは一口に言いますが、これほどの深い意義を持つことを製作にかかわるコンポーザーやディレクターの方はどれだけ意識しているのか、といった製作サイドの意識レベルも気になります。
仮に自分にとって理想のゲーム音楽がこの世に既に送り出されているとします。
単にそれと出会えていないのならば何故出会えないのか。
生産される音楽の量に対し消費できる数が少な過ぎるというのはゲーム音楽ファンの誰もが共通に持っている悩みでもあるでしょうが、そんな中にも今のゲーム音楽を十分満喫している人だっています。
彼らと今のゲーム音楽を楽しめていない人たちとの差は嗜好する音楽の幅の狭さだけでしょうか?
私は違うと思います。
まずは自分の好むゲーム音楽とはどんなものかはっきりと自覚することが第一歩ではないかと思います。
自分がどんなゲーム音楽を好んでいるか、またそれはどんなゲームから作られるか、それらゲームのターゲット層はどんな層か、それらをよく熟知していれば自ずと理想的なゲーム音楽との出会いが待っているのではないでしょうか。
少なくとも、まだまだ自分の理想とするゲーム音楽像がはっきりと定まらない私は、まずはそれを確かにするために聴いているというのも理由の一つです。
だからこそ、ゲームサントラのレビューなどを目的としたブログの存続意義というものを強く実感しているのですが。
何事においても熱量の維持というのは大変なエネルギーを要します。
疲れた人は肩の力を抜いて付き合い方をもう一度考え直してみる必要があるかもしれません。
一度距離をとってみるのも一つの手です。
そのうちにまた聴きたくなる人もいれば、別の世界に行ったきり帰ってこない人もいるかもしれませんがそれは仕方の無いことでしょう。
呼び戻すだけの魅力がゲーム音楽に無いと判断するのも久々に聴いて再び火が点くのも人によりけりでしょう。
私は今後もゲーム音楽を聴き続けるし、良いと思ったらこのブログで紹介していくでしょう。
自分の理想とするゲーム音楽を追い求めることと、少しでもゲーム音楽ファンが増えることを願って。

